「鉄印帳」が大ヒット ローカル鉄道40社を訪ねる

「鉄印帳」が好調だ。

第三セクター鉄道等協議会加盟会社の取り組みで、名前の語感からも分かるように、寺社を巡る「御朱印帳」の鉄道版だ。

第三セクター鉄道40社が「鉄印」を用意しており、まずは各社の窓口で専用の「鉄印帳」を2200円で購入する。

その鉄印帳を参加会社の窓口に持参すると、記帳してもらえる。

鉄印は会社によってさまざま  記帳料は300円からで、当日有効の乗車券の提示が記帳の条件だ。

全40社の鉄印を集めると、シリアルナンバー入りの「鉄印帳マイスターカード」の購入権と、読売旅行の旅メディアサイト「たびよみ」に名前を掲載する名誉が与えられる。

なお「鉄印帳」は読売旅行の登録商標となっており、鉄印の提供は鉄印帳のみ。

「御朱印帳」のように市販品を購入して使えるという仕組みではない。第三セクター鉄道の誘客と経営支援の意味があるため、きっちりと囲い込みが行われている。

読売旅行と日本旅行が企画参加し、両社から「鉄印帳あつめツアー」も販売されている。

「御朱印あつめ」の旅行者は多く、旅の動機として定着している。私も旅先でお参りすると、授与所で御朱印をいただく人を見かける。

鉄印帳は御朱印帳になぞらえているから趣旨が分かりやすい。鉄道ファンだけではなく、ローカル線を旅したいという旅行ファンに支持されるだろう。

7月10日に発売した「鉄印帳」の初版5000部は、各社とも初日~1週間ほどで完売した。

5000部を40社に割り当てたから、1社あたり平均125部。実際には数十部の会社も200部の会社もあった。

第三セクターに限らず地方鉄道は赤字だ。売れ残れば仕入れ値を損する。弱気になる気持ちも分かる。

早期完売の売れ行きはうれしい誤算だ。

参加各社の公式サイトに「完売御礼」「すぐに増刷するので転売品の購入はお控えください」のメッセージが並んだ。その後も20部、30部と追加販売されて即日完売。

ようやく増産体制が整い、8月18日から追加販売が始まった。

また、9月からは初版の紺色だけではなく、黒、青、桃色、緑色も選べる。

伊勢鉄道はFacebookで追加販売分の即日完売を通知。8月26日に70冊、9月1日に50冊を入荷予定とのこと。

他の会社も同様で勢いが止まらない。鉄印帳も鉄印も窓口での購入が原則だから、大都市圏からは現地に行かないと買えない。

あるいは沿線の人々が最寄りの鉄道窓口に買いに行くことになる。いずれにしても、鉄印帳を手にした瞬間から、全国40カ所、残り39カ所を目指す旅が始まる。

「Go To トラベルキャンペーン」よりも旅人の背中を押す仕掛けだ。

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発案は「くま川鉄道」、現在は全線不通

鉄印帳の発案者は、熊本県の「くま川鉄道」の社長、永江友二氏だ。彼は8月10日に開催されたオンラインイベント「超鉄道サミット2020 ニコニコネット超会議2020夏」にゲスト出演していきさつを語った。

永江氏は、かねてより鉄道会社が集客に苦心する中で、「鉄カード」(後述)のように「何かをみんなでやっていく」というつながりが大事だと考えていた。

そんなとき、娘さんと「御朱印帳が流行っている」という話題になり、鉄印帳を思い付く。1年以上前の話だ。

そこで、第三セクター鉄道等協議会に相談したところ、事務局からは「そういう会ではない」とつれない返事だった。

第三セクター鉄道等協議会は、全国40社の第三セクター鉄道が加盟しており、年2回の総会が行われる。

主に補助金、保険、安全管理、税務などで共通認識を持つための勉強会という位置付けだ。

それでも永江氏は「せっかく40社が集まっているから」と、2019年当時の会長だった肥薩おれんじ鉄道の社長(出田貴康氏)に相談した。

19年7月の協議会総会で議事が終わりかけたとき、議長の肥薩おれんじ鉄道より「くま川鉄道さんから提案があるようです」と水を向けられ、永江氏がアイデアを披露。参加社から「面白い、やろう」と賛同を得た。

それを聞いた読売旅行社が「これは売れる」と「鉄印帳」の発行元に立候補した。

当初は大型連休を見込んで4月から開始する予定だった。

しかし、新型コロナウイルス感染症が拡大傾向のため延期。緊急事態宣言解除後に仕切り直し、6月19日発表、7月10日開始となった。

開始が迫った7月4日、令和2年7月豪雨によってくま川鉄道は被災し全線不通となっている。

球磨川にかかる鉄橋が流され、車両も浸水。復旧の見通しが立たない。協議会はくま川鉄道を気遣い、同社での実施を遅らせようかという話もあったという。しかし永江社長は「くま川鉄道はお客さまに来てもらえる状況ではない。

それでもみんなと一緒にスタートしたい。特例として、鉄印帳のネット販売を認めてほしい」と要望を伝え、了承を得た。

その後のヒットは前述の通り、たちまち全社で完売となり、増刷、即完売という状況だ。

人はなぜ“集める”か、その理由は「人類が飢餓を経験したから」

「鉄印帳」が登場する以前から、鉄道では「集める」イベントが多かった。

JR東日本は7月8日に東京支社エリア内全78駅の「駅のスタンプ」をリニューアル。

7月22日から8月16日まで、リニューアル記念のスタンプラリーを実施した。

「駅のスタンプ」の歴史は長い。Wikipediaによると1931年(昭和6年)の福井駅に設置され、全国の主要駅に置かれるようになった。

広まったきっかけは70年の国鉄の旅行キャンペーン「DISCOVER JAPAN~一枚のきっぷから」で、全国の約1400駅に設置された。

専用のスタンプノートが発売され、一定数を集めると記念品がもらえるキャンペーンが実施された。

以来「スタンプラリー」は鉄道事業者の定番イベントになった。スタンプは駅周辺の名所がデザインされている。

アニメやゲームとタイアップしたスタンプラリーも多い。JR東日本は2015年にウルトラマン、20年にガンダムなど、親の世代も巻き込むスタンプラリーを展開する。

ポケモンもJR東日本をはじめ毎年どこかで行われている。モンスター集めの趣向がスタンブラリーと似て親和性が高い。

19年は岐阜県の明知鉄道が発案した「鉄カード」が広まった。手本はダムカードやマンホールカード、古くはプロ野球カードのようなコレクターアイテムだ。

「鉄カード」はサイズなどの規格を定めるだけ、デザインは各社の自由。

整理箱やストックブックは既存のカードコレクターアイテムを流用できる。

これも話題となり、国土交通省が認定する「第18回日本鉄道賞」の大賞に選ばれた。

鉄印帳の発表を知ったとき、これはヒットすると思った。後から言うとズルいけれど、根拠はある。人間には「集める」本能があるからだ。

やんわりと「コレクター心をそそる」と報じたメディアもある。鉄印帳関係者も、「なんとなく集めたくなりそう」という予感はあっただろう。

しかし、そんな生やさしい理由ではないと私は思う。その理由はとても深い。

人類が飢餓を経験し、食糧採集が本能として刻み込まれているからである。

あらゆる趣味は「採集」「狩猟」「栽培」で成り立つ

人類に限らず、動物が生きていくためには食べる必要がある。常に食べ物を獲得したい。

その方法は主に、果実などを集める「採集」と、魚や動物を獲る「狩猟」だ。

自然任せでは食べ物を得られないときもある。だから採集と狩猟の延長に保存や貯蓄があり、計画的に食料を得るための「栽培」が始まる。

農耕や養殖だ。つまり、人類にとって「採集」「狩猟」「栽培」は食べ物を獲得する本能といえる。

ところが、物々交換から貨幣経済が始まると、「採集」「狩猟」「栽培」をしなくても食べ物を獲得できるようになった。

集団生活を始めると役割分担ができる。歴史を俯瞰すれば、商人、領主、殿様といった立場ができて、彼らは自ら食べ物を獲得しなくても生きていける。

しかし、人間としての「採集」「狩猟」「栽培」の本能は残っている。その意欲を発散させたい。

そこで本能の代償行為として「趣味」が生まれた。

コレクション趣味は「採集」本能を満足させる。釣りやハンティングは「狩猟」そのものだ。獲物を獲得する行為と「写真撮影」も似ている。

シャッターを押す行為を「ショット」という。狩猟用語である。「栽培」は「作る趣味、育てる趣味」全般に相当する。

鉄道趣味で言えば、鉄印帳のほか、きっぷや駅弁の掛け紙集め、スタンプ集めは「採集」である。

撮り鉄は「狩猟」、鉄道模型作りは「栽培」だ。では私のような「乗り鉄」はどこに分類されるかといえば「採集」だと思う。

行ったことがない路線に乗りたい。違う季節の車窓を見たい。乗った路線を地図で塗りつぶしたい。

博物館巡りにも似ている。採集対象はモノだけではない。これはいわば「経験・体験」のコレクションだ。

ゲームも同様だ。

アイテムを集め、敵を狙い撃ち、街を作る。ヒットするゲームのほとんどは、「採集」「狩猟」「栽培」のそれぞれの本能を刺激する。

集めると楽しい。狩ると楽しい。育てると楽しい。そして2つの要素を組み合わせると熱中度が高まる。

古い例えだけど『シムシティ』は街を栽培するゲームとして大ヒットした。シューティングゲームは言うに及ばず。

『Age of Empires』や『StarCraft』は資源を集め、拠点を作り、敵を狩るという3要素が全て入っている。

スタンプラリーや鉄印帳も複合要素がある。「採集」に加えて、獲りに行く「狩猟」要素があるから魅力度が上がる。

撮り鉄も「ある鉄道会社の車両全形式を撮りたい」となれば「採集」要素が加わる。模型鉄は車両を「採集」し、ジオラマを「栽培」する。これらは人間の本能の代償行為だ。

趣味分野で新しい商品やサービスを考えるとき「採集」「狩猟」「栽培」の要素は重要だ。3要素のどれもない、あっても希薄だと人は本能を刺激されない。つまり売れない。

しかし、鉄印帳のように、どれか1つを追求し、2つ以上の要素を組み合わせれば楽しさは増す。

これが趣味ビジネスのアイデアの基本だ。ここに実行力のあるヒト・モノ・カネがそろって事業が成立する。

「Go To トラベルキャンペーン」は派手に展開しているけれど、値引きしか訴求していない。これだけではヒトは動かない。

一方、鉄印帳は値引き策がなくても人を旅に向かわせる。いまのところ、Go To トラベルキャンペーンを活用して鉄印帳を集めに行く旅が正解といえそうだ。

しかし、キャンペーンが終わっても、鉄印帳の旅は人々をひきつけるだろう。値引きに頼らず、趣味の本質を見据えたサービスが成功の鍵といえそうだ。

 

引用元:ITmedia ビジネスオンライン
https://news.yahoo.co.jp/articles/2c8502dddb11da0a037b4b31408f03501c6a85b9?page=1

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