縁結びか、それとも縁切りか。貴船明神で祈る参拝者=金沢市香林坊2丁目

金沢市内中心部、せせらぎ通りにある貴船(きふね)明神(香林坊2丁目)を巡って、インターネット上でこんな験担(げんかつ)ぎのジンクスが広がっているようだ。

「神社に向かって左の武蔵側から鳥居をくぐれば縁結び、右の香林坊側から参拝すれば縁切り」。

一体、いつごろから始まった「伝説」なのだろう。発端を探ると、町おこしに情熱を注いだ関係者の思惑が浮かんできた。

まずは、おやしろを管理する80歳の女性に尋ねてみた。

「最近は、そう言われているらしいね。昔は、正面から入れば縁結び、裏から参拝すれば縁切りだと言っていたけど」。

正面? 裏? おやしろに通じているのは、鞍月用水にある1本の小さな橋だけだ。

聞けば、かつては明神の「裏」からも出入りできたようだ。では、「正面と裏」が、いつごろ「左と右」に入れ替わったのか。

女性も「分からんわ」と首をかしげた。

付近住民への取材の結果、「商店街の振興組合が関わっているらしい」という情報を得た。

約20年前に振興組合の理事長を務めた田川豊さん(70)に疑問をぶつけてみた。

ひょっとして、今の縁切り、縁結び伝説を作ったのは、あなたですか。田川さんからは率直な答えが返ってきた。

「せせらぎ通りを盛り上げようと私たちが考えました。どっちが縁切りで縁結びなのか、今となってはもう忘れました」

貴船明神は商店街が結束する核だったのか。田川さんによると、縁結び、縁切りの伝説を復活させることで町おこしは順調に進み、商店街に構える店は20年前の30店舗から77店舗と倍増したという。

「実際、昔の伝説もどこまで本当か分かりませんし、裏が通れなくなった今、方向を縦から横に変えるだけで人の興味が集まるなら大成功ですよ」と、田川さんは上機嫌だった。

そうだったのか。参拝者を待っていると、女性と一緒に、武蔵側から入ってきた名古屋市の会社員男性(41)に出会った。

「縁結びと縁切りにゆかりがあると聞いて来た」という。おそるおそる田川さんの話をすると驚いた様子。

わざわざ言わなければ良かったと後悔したが、すぐさま女性が「あやかれるものはあやかります」と男性の腕を引っ張って香林坊側から入り直して参拝。

縁を切りたいのか。2人の関係は、一体なんなのだろう。

もともと、貴船明神には、加賀藩の重臣村井家の当主が愛人をつくったため、嫉妬した奥方が「縁切り宮」として建てたという説や、嫉妬で心を病んで死んだ奥方の遺言でほこらができた、という説など様々な伝説が伝わる。

人の情念はすごい。安宅住吉神社(小松市)の宮司で、県神社庁長の北村嘉章さんも「信じる場所に神は宿るので、もうそこには神様はいますよ」と話した。

時代に合わせて変化するジンクス。参拝する方向だけで、運命が変わるとは思えないが、記者も験担ぎは信じたい。こっそり武蔵側から鳥居をくぐり手を合わせた。

 

引用元:北國新聞社
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200116-00817587-hokkoku-l17