1913年に建てられたとされる神武天皇像。地元住民がまつわる謎を調べている=焼津市の焼津神社

焼津市の焼津神社に建つ神武天皇像にまつわる謎を地元住民が調べている。

1913年、大正天皇即位と同市の神武通りの整備を記念して通り沿いに建てられたとされるが、戦時中の金属供出を免れた理由や通り沿いにあった当時の様子が分かっていない。住民は情報提供を求めている。

調査しているのは神武通りにある菓子店「角屋」の松村剛志さん(37)と映像製作などに取り組む又木克昌さん(58)。地域の歴史を後生にきちんと伝えようと、3月から住民への聞き取りや資料調べを始めた。

「焼津市史」などによると、1910年、当時の焼津町全域が浸水する豪雨災害があり、現在の昭和通りと神武通りが整備された。これと大正天皇即位を記念し、名古屋から神武天皇像が運び込まれたという。焼津とゆかりが深いヤマトタケルと間違えたという逸話も残る。

1950年、像が建っていた場所に公会堂を新築することになり、焼津神社に遷座(せんざ)された。

疑問も浮上した。戦時中、近くに建つ地元の水産翁服部安次郎の銅像が軍に供出され、大々的な決別式を行った記録が残る一方、同じ銅製の神武天皇像が供出を免れた経緯が分かっていない。又木さんは「誰かが隠したのではないか」と推測する。

神武通りに建っていた当時の写真も見つかっていない。「神武さん」として今も住民に親しまれる像。松村さんは「庶民歴史の記録を残すのに力を貸してほしい」と情報を求めている。問い合わせは角屋<電054(628)3870>へ。

 

引用元:@S[アットエス] by 静岡新聞SBS
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200426-00000016-at_s-l22